2018年11月1日(木)
『あなたがたはよく走っていたのに、だれがあなたがたを妨げて、真理に従わなくさせたのですか。』ガラテヤ人への手紙5章7節
使徒時代の人々もスポーツには大いに関心がありました。
それで新約聖書ではキリスト者生活を説明するにあたって、しばしばスポーツを引き合いにします。
きょうの箇所でも、信仰生活を競走競技にたとえます。
キリスト者とは、心を集中して人生の走路をゴール目ざしてまっしぐらに走る人のことです。
他の走者を何周もリードする走者には、競技は楽しいものです。
が、突然その人が棄権すると、これは悲劇です。
スポーツの場合は悲劇ですが、信仰生涯の場合であれば、それはなんと恐るべきことでしょうか。
ガラテヤのキリスト者たちに起こったのはまさにそれでした。
彼らはみな、すでに成就した十字架の救いに望みを置く人たちで、それゆえに、彼らの心は主イエスに堅く結ばれていました。
ところが突然、走行を中断してしまいます。
「だれがあなたがたを妨げ…たのですか」。
パウロは驚いて尋ねます。
私たちは知っています。
妨げたのは不信仰でした。
「イエスだけに救いを期待するのは、行き過ぎではないか」と、不信仰は言うのです。
さて、さまざまな事例が思い浮かびます。
例えば弟子のユダです。
イエスに召された当初、彼はあんなにも良く、ともに走っていたではありませんか。
それが突然やめてしまうのです。
どうしてですか。
不信仰がユダを説き伏せたからです。
「ユダよ。
君はイエスのおかげでずいぶん損をしているぞ」。
イスラエルの民の場合もそうでした。
エジプトを脱出したときに、彼らは夜じゅう、どれほど賛美し続けたことでしょうか。
それなのに 彼らはゴールに入れなかったのです。
どうしてですか。
信仰が、困難にばかり目を留めて、救い主の力ある御手を見なかったからです。
主よ。
私たちを強くし、あなたのおられるゴールに、たどり着かせてください。アーメン
God Bless You!!
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