2017年3月30日(木)の手紙

2017年3月30日(木)


『あなたがしもべに施されたすべての恵みとまことをわたしは受けるに足りない者です。わたしは、つえのほか何も持たないでこのヨルダンを渡りましたが、今は二つの組にもなりました。』創世記32章10節


「恵み」という単語はヘブル語の「ヘセド」に由来し、神の絶えざる愛を意味している。
自分はまったくふさわしくないと思う人がこの言葉を口にすること自体、意味深いと思う。

神の忠実な愛にただ信頼し、ヤコブは「私を救い出してください」と叫んだ。
「…受けるに足りない者です。…お救いください」とは、何とも変な組み合わせだ。

自分はきちんとやっていると思っている人とは違って、ヤコブは自分が神にささげたものすべて、罪で汚されていると分かっていた。
自分は、神の恵みを受けるに値しない人間だと思っていた。

だけど、彼の希望は、自分が恵みに値するかどうかではなく、自分の憐れみにすがろうとする人を助けてあげようという神の約束だった。
へりくだりと悔い改めが、神の御心を開く鍵となる。

私達がヤコブのようにへりくだって神の憐れみを乞うなら、神は私達の声を聞いてくださる。
憐れみは、努力では得られない。
受けるに値しない者に、神が賜る恵みなのだから。

God Bless You!!

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