2016年10月12日(水)の手紙

2016年10月12日(水)

『しかしヨブは彼女に言った、「あなたの語ることは愚かな女の語るのと同じだ。われわれは神から幸をうけるのだから、災をも、うけるべきではないか」。すべてこの事においてヨブはそのくちびるをもって罪を犯さなかった。』ヨブ記2章10節


ゴムボートに乗り、浅瀬でくつろいでいたとする。
目を閉じ、陽の光を浴びながら、打ち寄せる優しい波の音を聞いている。
何の憂いもない。

だけど、目を開けてびっくり。
知らぬ間に、岸から遠く離れてしまっていた。

私達は霊的な意味で、このような漂流をしがちだ。
それは、微妙なズレから始まる。
そして、突然、神から離れてしまったと気づくのは、衝撃的な体験だろう。

サタンは状況を巧みに利用して、神を愛する心を奪おうとする。
サタンに騙され、信頼ではなく疑念の目で神を見るようになる時、私達は神を離れ始める。

ヨブを思い出して欲しい。
彼は、神に憤りを感じてもおかしくない状況だった。
子どもは死に、財産は奪われ、健康も奪われた。
妻はヨブに、「神を呪って死になさい」と言ったけれど、彼は、「われわれは神から幸をうけるのだから、災をも、うけるべきではないか」と答えた。

霊的漂流の原因となる態度は、たくさんある。
例えば、幸せになるには神だけでは不十分だと考え、また、神よりも人間関係を優先したり、神はすべての期待に応えるべきだと考えたりすることだ。
神にとがめられても反抗したり、不都合な聖書の御言葉に耳を閉ざしたりする事もそうだ。

もし、流されそうになっているなら、神にしっかりつかまろう。
神から離れずにいるために、岩なるお方に自分をしっかりつなぎとめておこう。

God Bless You!!

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