2015年10月2日(金)の手紙

2015年10月2日(金)

『わたしの考えはこうである。少ししかまかない者は、少ししか刈り取らず、豊かにまく者は、豊かに刈り取ることになる』コリント人への第二の手紙9章6節


農夫が畑に種を蒔く時、まるで種を捨てているように見える。
種は無くなったように見えるけれど、そうではない。

実りの季節が来ると、戻ってくる。
しかも、蒔いたもの以上の収穫がもたらされる。

キリストに身を捧げる事は、人目には人生を放棄したように映るかも知れない。
だけどイエス様は、主のためにいのちを失う者だけが、それを得ると言われた。

イエス様は、得たものよりも失ったもの、己を守るより犠牲した度合いで人生の価値を測るよう教えておられる。
人のために費やした時間。
受けた愛より、注ぎだした愛によって、人生を評価するよう示しておられる。

人生の原則は、こうだ。
知っている真理を語ろう。
そうすれば、神はもっと与える事ができるように教えてくださるだろう。

時間を捧げよう。
そうすれば、神は時間を増やしてくださり、ますます働けるようにしてくださるだろう。

神の愛を制限しないで欲しい。
そうすれば、前にも増して、人々を愛することができるようになるだろう。

イスラエルの賢者は、「ばらまいてもなお富む人が」あると言っている。
これは、世界最古の逆説のひとつだけれど、まぎれもない真理だ。
握りしめる時それを失い、神に捧げた時それを得るのだから。

God Bless You!!


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