2013年5月20日(月)の手紙

2013年5月20日(月)


『主はわたしの悩みを顧みてくださるかもしれない。また主はきょう彼ののろいにかえて、わたしに善を報いてくださるかも知れない』サムエル記下16章12節


ダビデは、サウルの家の一族のひとりであるシメイに呪いの言葉を投げつけられた。
それは、一度や二度じゃなく、投げ続けられたのだ。
息子のアブサロムから逃げている時の出来事だ。

私達は中傷されると、相手を黙らせたいと思う。
自分の正しさを証明して、自分を守ろうとする。

だけど、神様の愛が常に守って下さると分かれば、他人の批判など気にせずに、神様にゆだねようと思えるようになるだろう。
確かに、とっても難しいけれど。

ダビデは、「彼を許してのろわせておきなさい」と言っている。
これこそ、へりくだって神様の御心に従おうとする者の態度だろう。
それは、まさにイエス様の姿でもある。

自分を中傷する人に対して、「証拠を見せなさい」と言ったり、徹底的に戦ったりする事もできるけれど、神様が自分の正しさを証明してくださると忍耐強く待つ事もできる。

非難する人間じゃなくて、その向こうにおられる無限大の愛でいつくしんでくださるお方に目を向けるべきなのだ。
それが何であれ、神様が許しておられるなら、私達にとっては良い事なのだから。
たとえ、「シメイののろい」を浴びせられ、心を傷付けられて悔し涙を流したとしても。

私達は誰に何を言われても、神様の御手の中にいる。
そして、神様は私達の心の苦しみを知っておられる。
人が私達をののしっても、神様の愛と祝福は変わる事はない。

God Bless You!!

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