2012年1月23日(月)
『イエスは深くあわれんで、彼らの目にさわられた。すると彼らは、たちまち見えるようになり、イエスに従って行った』マタイによる福音書20章34節
イエス様が奇蹟をあらわされる前には、必ずと言っていいほどイエス様の心に“あわれみ”の心が起こされた。
この場面は、目の見えない人達がイエス様に癒しを求めて叫んでいる場面に起こった。
彼らの癒しは、イエス様に声をかけてもらった時に起こったんじゃない。
イエス様が自分達の前を通られる事を聞いた時に、すでに起こっていた。
彼らの心がイエス様に焦点を定めた時、すでに癒しは始まっていた。
イエス様に声を上げて叫んで癒しを求めた時、イエス様の心は動いていた。
彼らの叫びが、イエス様の心を動かし、その足を止めたのだ。
彼らの病は一瞬でわかる。
目が見えないのだ。
でもイエス様は尋ねられた。
「わたしに何をしてほしいのか」と。
私達が、神に祈ろうと決心した時に、すでに神の心は動いている。
私達が、声を上げて叫ぶ時、神の足は私達の前で止まっている。
私達はよく、“主の御心のままに”という、とっても綺麗で、信仰深く、それでいて逃げ道のある祈りをする。
でも、イエス様はまず私達に尋ねられる。
「わたしに何をしてほしいのか」と。
さあ、あなたはその問いに答える準備はできているだろうか。
God Bless You!!
a:375 t:2 y:0