2011年12月27日(火)

2011年12月27日(火)


『あなたはわたしのために、嘆きを踊りにかえ、荒布を解き、喜びをわたしの帯とされました』詩篇30篇11節


喜びを得たいなら、本当の自分を知らなければならない。
ごまかしでもなく、見せかけでもない。
本当の自分を。

神と出会った人の多くは、枯渇した状態にあった。
霊的にも道徳的にも飢餓状態だった。

本当の自分はからっぽで、ポケットには何もない。
そして、身にまとっているものは、擦り切れた荒布の衣。

だから神との取引は成立しない。
なぜなら、私達は神の前に差し出せるものを何ひとつ持ち合わせていないから。
私達にできる事。それは神に憐れみを請い求める事だけだ。

だけど、プライドが邪魔をする。
偽りの自分が、本当の自分を見えなくさせている。

でも、本当の自分を知っている者だけが、自分にはできない事を神に願い祈る事ができる。
神がどんなにきよく、自分がどんなに罪深いかを知っている。
だから、神が「あなたの力では、救いは得られない」と言われても、「その通りです」としか言えない。

皮肉な事だけど、神がくださる喜びは肥え太った心より、渇ききった心に生まれる。
私達はこの事が良くわからないから、お金で、遊びで、お酒で、ゲームで、姦淫で喜びを得ようとする。
こんな事で、心はもう肥満状態だ。

私達は、自分の無力さを明らかにする事に慣れていない。
馬鹿にされたくないし、人より劣る事も認めたくない。
普通、この世では失敗を認める事が、必ずしも喜びにつながるとは限らないし、正直な告白が誰にでも受け入れられるわけでもない。

でも、私達の神は「普通」じゃない。
神は、この世の常識に左右される事は決してないのだ。
安心して、正直になれるって、最高の喜びだと思わない?

God Bless You!!


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