2011年10月11日(火)

2011年10月11日(火)


『あなたがたを迫害する者を祝福しなさい。祝福して、のろってはならない』ローマ人への手紙12章14節

「この御言葉のように生きよう」というのは簡単だ。
でも実行することがどれくらい難しいかは嫌という程わかっている。

そんな時思う。
イエス様はどうされただろうかと。
イエス様の弟子達は皆そろってイエス様を裏切った。
その中でもユダの裏切り方は酷い。
彼はイエス様と3年半も一緒にいたのに、ずっと変えられずにきた。
イエス様と一緒に語り合い、奇蹟を体験しながらもである。
ユダは最後にはイエス様よりもお金を選んだ。
イエス様を売ったのだ。

でもイエス様は、ご自分を裏切ろうとするユダにかけた最後の言葉は「友よ」と言う言葉だった。
ユダには「友」と呼ばれるような資格なんてない。
でもイエス様は最後の最後までユダの中にある良心という可能性を見ておられたのではないだろうか。
信じられないけれど、イエス様はユダを最後まで愛された。
勿論ご自分を裏切ることを知っていてである。

ユダは何てひどい人だろうと思うだろうか。
私はそうは思わない。
私達もユダとそう変わらないひとりの罪人だ。
でもイエス様はそんな私達にも「友よ」と招いて下さったのだ。
だから誇るべきものなんて何もない。
ただ一方的にイエス様に愛されて私達は救われた。
資格がないというなら、私達には人を裁く資格も呪う資格もない。

私達こそ裁かれ、呪われるべき者だった。
でも赦されたのだ。
赦された私達が、同じことをするなんてできない。
だから祝福を祈ろう。
イエス様が今も私達のために祝福を祈って下さっているように。

God Bless You!!


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