11月14日(火)の手紙

2017年11月14日(火)

『ユダの野にあったときによんだダビデの歌 神よ、あなたはわたしの神、わたしは切にあなたをたずね求め、わが魂はあなたをかわき望む。水なき、かわき衰えた地にあるように、わが肉体はあなたを慕いこがれる。』詩篇63篇1節


デボーションをするとき、時々、聖書の御言葉を「早食い」をしているのではないかと思ったことはないだろうか。
がつがつ流し込むように食べて、すぐ忘れてしまうのはなぜだろうといぶかったりする。
霊的な食べ物も、実際の食べ物と同じようにちゃんと噛まなくてはならない。

クリスチャンになって長い人は、過去に何度も読んだことがある聖書の一節を、さっと読み流してしまう傾向がないだろうか。
そのようにするなら、神が示そうとされている真理を見逃してしまうことになる。
今日の聖書個所から新しく学べないなら、主の教えを見逃している証拠ではないだろうか。

ダビデは詩篇119篇15節に「私は、あなたの戒めに思いを潜め、あなたの道に私の目を留めます」と記しているけれど、このように主を求めることは正しいことだ。
神の御言葉は、このように扱わなくてはならない。
つまり、じっくりと思い巡らし、熟考すること。

聖書を開いて「早食い」のように読むのはやめよう。
聖書を読んでも熟考しないのは、噛まずに食べたのと同じことだ。
神の御言葉は、しっかり瞑想してこそ十分に生かし、霊の健康を保つことができるのだから。

God Bless You!!


a:180 t:1 y:0